イエティのものがたり |
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くるくるっとパイプが回転して止まると吸い口の向いた先が親になる。即席のルーレットだ。ルーレットはその役割を終えるとすぐに持ち主の手に戻った。ブリテンは布で擦った後、うんざりしたようにパイプを眺める。もうさっきから何十回と磨いたので、ススのひとつも見当たらない。溝に詰まったホコリをようやく見つけると、今度は慎重に爪で引っ掻きはじめた。 「えらくピカピカだね。展覧会にでも出品するつもりかい?」と親に決まったジェットがカードを配りながら言う。 「いや、大英博物館に寄贈しようかと思ってる。かつて栄えたタバコ文明の明かしとしてな。」ブリテンが応じた。「これが終わって下界に降りられたらの話だけどよ。この分じゃ、四千年後かもしれねえなあ。」ニコリともしない。 この小屋では何もすることがなく、皆退屈していた。 「でも雪は止んだわ。ちょっと表に出ていい?」 フランソワーズの思いきった言葉にだらけきった部屋の空気が一瞬緊張した。だが 「僕がついていくから大丈夫だよ。」 すかさずジョーが言えば誰も反論する者はいない。返事も待たずにコートを手に取る。 「外に出るなら防護服にしろよ。一番安心だ。」 アルベルトに背中から声を掛けられて、ジョーはヒヤリとした。出がけに縁起の悪い忠告だ。そうするべきだろうか。躊躇する目の端にフランソワーズの姿が映った。毛糸のマフラーを首に巻き付けながらアルベルトに見せびらかしている。 「もらったのよ。クリスマスプレゼント。」 「フーン、それなら話は別だ。そっちの方がいいかもな。」 アルベルトも案外とあっけなく言った。誰のプレゼントかさえ聞かない。話が広がる前に出発しよう。ジョーはいそぎ帽子を深くかぶって耳をふさいだ。 もくじへ ものがたりトップへ |
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