009であそぼ
終わりよければ
1

 始まりのない話なんかない。そう思ったから、事態に気付いた時、あわてるより先に僕はことの起こりを見極めようとしたのだ。発端さえわかればこの間違いを修正出来る可能性もある。必死になって探した。あれだろうか。この時だろうか。笑顔の類いはいくらでも見つかって、どれが糸口に当たるのか見当すらつかない。むしろその作業のせいでかえって気持ちがくたくたになった。しまいには涙さえ溢れてきた。しゃっくりが止まらなくて苦しんで、人工肺が故障しちゃったんじゃないかと思ったくらいだ。涙がおさまりようやく息が出来るようになった時、ふと思った。ひょっとすると発端が見つからないのは、話自体が存在しないからなのかもしれない。そう考えることにした。だってその方が合理的じゃないか。そう決めた筈なのにこの頃の僕は終わり方のことばかり考えている。


 僕が仕事という言葉を口にするたびに、彼女は嫌な顔をする。彼女には他に仕事と呼びたいものがあるのだ。だがあいにく僕にはなかった。だから009という呼び名と同じようにその言葉を受け入れる。その違いの大きさを知っているから、彼女がそれをどう名付けようが僕には非難する気持ちもない。だがやめる気もない。それで嫌われたって構わない。むしろ嫌われてもいいなと思う。
 だから今回も仕事と呼ぶことにするのだ。僕に関して言えば仕事はいつになく順調だった。だが002のグループが少し大変だったようだ。002と003はある人を探していた。そしてその人を見つけた。無事に保護して終わり。表現するならば「うまくいきました」の八文字で済ませたいところだ。僕としてはそういうつもりだったし、いつだってそうあって欲しいのだが。


 002と003を組ませれば無駄なく事が運ぶだろうと思った。その通りだった。むしろ僕の予想よりずっと早く動いてくれていたらしい。すぐに彼等は小さな建造物を発見した。
 それは山の陰に作られた古墳群の中にあったそうだ。尋ね人はこの中のひとつにいるだろうとジェットは空の上から、まず当たりをつけたのだ。しかし見当はついたものの、なにしろひとつひとつ探すとなると頭をかかえる程の数の墓だ。上から眺めたのだったら余計に量も実感されたことだろう。そこでフランソワーズを呼び出す。彼女が難なく該当の一つを見つけだした。簡単にとは言うけれど、古墳それぞれが碁石のように綺麗に並んでいる訳でもないので、場所を指示するだけでも大変だろうと僕は思う。幸い二人とも心得ているので、空と地上の視点の違いもものともせず意思の疎通もすみやかに、ジェットは一足早く目当てにたどりついた。
 巧妙にカモフラージュされていたのだが、石組の奥には金属製の扉があった。観察していると、中から時折人が出入りしているのがわかる。内側からしか扉は開かないようだ。僕だったらドアが開いた隙にさっさと忍び込むのだが、ジェットエンジンにはそういう小回りはきかない。だからジェットはフランに言った。「道具がなければ何も出来ない奴なんて、サイボーグになったってロクな働きはないさ」僕もそう思う。ハサミがなければカッターを使う。カッターがなければつめきりでもなんでも使うべきだ。ジェットは加速装置を使うより別の方法を選んだ。
 簡単な話だ。空気を吸うために外に出てきた人を捕まえて案内させた。でたらめな合い言葉でごまかされそうになったので、フランソワーズがそれを訂正し、正しい言葉を言わせる。すると内側からドアが開いた。二人の顔を見た時、某教授は「やあ、君たち」と呑気な声を出したらしいが、声とは裏腹にその状態はひどいものだった。教授はシェルターとは名ばかりのひどく暗くてしめった場所に大勢の人と一緒に詰め込まれていた。いや正確に言えば彼等はみずからそこに避難していたのだ。
「あれはシェルターじゃなく、むしろ最新式の壁というべきだね」とは、ジェットの談だ。うまく隠れているかという疑問もさることながら、そのシェルター自体の出来がいいかげんそうだったうえ、裏山の存在がどうも気になった。「ここ、イヤな感じだよね」というだけの、たいして具体的でもない意見が二人の間で一致し、外に出るよう皆さんを説得することにした。渋っていた人も呑気教授の一声で承知してくれた。幸い教授含め全員にけがもなく、病人もいなかったので、ジェットが何人かづつまとめて安全な場所に運びはじめた。

 001のような超能力が002と003にあろう筈もない。それにはわずかながらの徴候があったのだ。どこかで爆発が起こるたびに地面が揺れる。そして地鳴りにフランソワーズが気付いた。土砂崩れを注意する声でジェットがペースをあげ、運ぶ人数を増やした。おかげで最後の集団も土ぼこりを被っただけでどうにか助かったのだ。最後に残ったフランソワーズがジェットの世話になる余裕はない。土砂を避けるためにシェルターにもどり、ドアを閉めた。泥が壁にぶつかって跳ね返り、電源の落ちる嫌な音がしたそうだ。これをドジと呼べるだろうか。その時彼女が何と言ったかは想像できないが、ジェットは何やら汚い言葉をわめいたに違いない。僕だったら…そうだな、いくらちゃちなシェルターにビックリしたとしても皆さんが不安になるような言葉は避けると思う。見てた人は真っ青になったらしい。そりゃそうだ。自分達が今までいた場所が土に覆われて半分以上見えなくなってしまったんだから。キャーと叫んだ人もいたかもしれない。アルベルトだったらその人をその場で怒鳴りつけたかも。勿論、僕はそんなことはしない。フランソワーズと同じことを言うだろう。

 フランソワーズは幼稚園の先生みたいに大きな声を出して「これはよくあることですし、私は頑丈なので平気ですよ」と言った。実際その通りだけれど、ちょっとイヤミに聞こえないでもない。なかには「あの少女を助けるんだ」と言ってくれた勇敢かつ、ある意味礼儀正しい男もいたそうだが、二人は断った。だが聞かない。今度は説得させるのに時間がかかりそうだ。面倒なので、その男気溢れる兄貴の顎をジェットが一発殴って肩に担いだ。頑固そうな顎をしたいい男だったんでちょいと殴りたくなったんだって。親切な人に対しひどい話じゃないか。なにより人を殴る理由に僕の名前を勝手に使うのはやめて欲しい。僕がいたら抗議するところだが、誰も何も言わなかったし、取りあえず彼等を安全な場所に送り届けることが先決なので、ジェットは男を肩に背負ったまま、一同を引き連れてその場を去った。戻ってくると約束して。そして彼は戻ってきた。
 戻って来た時、フランソワーズはまだ壁の内側でジタバタしてたらしい。フランス語で何か言ったり、地団駄踏む音が聞こえるのに、壁はビクともしなかった。ポンコツのくせに変なところで頑固なシェルターだ。スーパーガンでどうにもならないものだったらジェットの力で解決出来る筈もない。じき004達と合流する予定だったので、ドルフィン号の到着を待つ事にした。このことで仲間の仕事を邪魔する訳にもいかないし、わざわざ呼びに行くよりは、無防備な彼女の側にいた方が賢明だろう。それがジェットの考えだった。
 確実にやってくると解ってはいても、ただ待っているのは辛いものだ。まして待つ側は気の短いジェットだし。仲間の到着もだいぶ遅れていた。彼はきっと自分の判断を少し後悔し始めてたんだと思う。話がドルフィン号の悪口に変わり、それをたしなめられて最後にはふて寝を決め込んだ。フランソワーズの口数も少なくなっていた。空調を潰された場所に長時間閉じ込められたので空気が悪く、無駄な息を吸いたくなかったらしい。酸素ボンベについて考え始めた時に、教授御考案の高性能殺人タンクがやってくるのが見えた。どんなに喜んだことか。中のフランソワーズが飛び上がって、脳波通信でジェットを叩き起こし、二人で壁越しにイエーイと手を叩き合ったって。僕はそんな馬鹿な話はないと思うけれど。

 ジェットがタンクを挑発して狙いをそちらへ向けさせた。照準を合わせるのはフランソワーズの仕事で、だからうまくいったんだと思う。ジェットが指定された場所に立つ。アン…ドゥ…トロワ…キャトルで壁が崩れた。サンクでジェットが空を飛び、ディースを数える前にタンクを廃棄処分にした。利用するだけ利用しておいて、不要となればさっさとその扱い。ジェットのやることは相変わらずずうずうしい。でもその際、彼も片足のエンジンを吹っ飛ばされた訳だから、相手のタンク乗りも多少の意趣返しは出来たか。そのあと、卵からかえったばかりのヒヨコみたいになったフランソワーズを殻の中からひっぱりだした。その片足でもってだ。まったくあきれかえる。
 003には怪我もなく、二晩寒い思いをしてちょっと疲れただけみたいだった。
「大丈夫よ。土砂はもう崩れなかったわ。周りはよく見えたから、安全だって解ってたし。焦ったけど。」
と言い、くうくう寝てしまった。


 以上がドルフィン号で彼等に合流した004からのまた聞きだ。僕は今家に着いたばかりだから、くうくう云々も見ていない。アルベルトは、君も飲むかとウィスキーのグラスをカラカラ言わせた。ちゃんと飲める自信がないので断った。
「だろうな。じゃ、オレもそろそろこっちに変えるか。」
 コーヒーミルを引っぱり出してきて
「座りたまえよ、ジェロニモ君、ジョーイ君。コーヒーをごちそうしよう。」007みたいな口調で言った。
「それで君達のほうはどうだったの?」
「まあ、座れよ。009。」
 004のグループも僕の方と同じように順調だったようだ。のんびりとコーヒー豆を挽いている様子だけでよくうかがえる。彼はゆっくりゆっくり手を回転させながら説明した。ここで詳しく話す程のことでもない。万事つつがなく…。




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管理人:wren